アダム・スミスの主著の「国富論」では、国をどのように富ませるのか、財産とは何か、そして財産を増やすにはどうすればいいかを論じています。他人から同感を得られる限り何をやってもいい、という考えを持ち、同感を得られないようなことはうまくいかないし、同感を得られないようなことは自分でブレーキをかける。利己的でも秩序は保たれる、としています。アダム・スミスの論じる「富」とは、生活必需品や便益品(贅沢品)などの消費財を指します。
重商主義とは、輸入は国を豊かにせず、貴金属を貯め込むことが大事である、という考え方です。輸出をすれば他国から金や銀、銅が入ってくるが、輸入は金や銀、銅を支払うことになるので国は豊かにならない、という考え方です。アダム・スミスは、これを批判しています。輸入は金や銀、銅を支払うことになるが、生活必需品を輸入して国内で使用すれば国民は豊かになる。「それこそが富だ」。国内でも国外でも、自由な貿易をすることによって富が増えていく、それらを徐々に増やしていくことが必要である、としています。
輸出奨励金制度とは、輸出をしている企業に補助金をあげる制度のことです。アダム・スミスはこれも批判しました。そもそも奨励金がなければ採算のとれない商品は結果的に利益を得ることはできない。これは資源を無駄に使っているだけなので、無駄に奨励金を使うことになる。自由な市場で自由に取引をしていれば、資源の最適配分は自然に最適化されるし、経済は豊かになる、よって、奨励金はいらないとしました。
アダム・スミスは、分業すれば生産性が高まるので結果的に国が豊かになると指摘しています。また、分業は人間だけができることであり、分業は利他心でなく利己心に働きかける、としています。要するに、「私が欲しいモノを作ってくれれば、あなたの欲しいお金を上げます」これが成立するとしています。この考え方は利己心が働いていて「自分が欲しいもののために相手に何かを作る」、この利己心で経済は回るとしています。
アダム・スミスは、「みんな自分の利益のために働いているんだ」としています。上記の”利己心”です。でも、それが結果的に社会的に分業になっているとしています。みんな自分の利益のために働いていれば、結果的に、あたかも「見えざる手」に導かれるように世の中はうまく回っていく、としています。自分の利益のために働いていれば、経済はうまく回るし、需要と供給のバランスもとれてモノの適正価格も自然に決まる、としています。
この「見えざる手」という言葉は、もともとはキリスト教の「人類最後の最終戦争には信徒は神の見えざる手により救済され天国へ行くことができる」という終末思想に由来するもので、アダム・スミスがこれを経済論に比喩したものと考えられています。
アダム・スミスは、何でも放っておけばうまくいく、という考えの持ち主です。
ー市場に任せておけばいいー
市場は利己心によって競争することで、資源の最適配分は量られる。うまくいけば売れるし、ダメなモノは消える。それでいい。それらは政府などの上のものが口出しすることではない、と。
モノの値段は利己心で決まる。商売人が値段を下げるのは客のためではない。それでも利益が出るから下げるのだ。人は自分の利益のために商売をするのだから・・・。アダム・スミスは、そう考えたのです。
ー市場に任せておけばいいー自由放任のアダム・スミスですが、それでも政府がやらなければならないものがある、としています。それは、
この3つは、政府がやるべきことである、と指摘しました。
ただし、アダム・スミスが言うように市場を自由放任にしてしまうと、これまで以下の点で市場は失敗してきました。
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